昨日の新聞は各紙一面の見出しが「日銀の追加緩和」で、ここ数日では久しく揃った。
日銀は10月31日の14時前に、マネタリーベースの年間増加額を10~20兆円引き上げ80兆円とし、長期国債の年間買い入れを約30兆円引き上げ、年間約80兆円と発表した。さらに長期国債の平均年限を7~10年程度に延長とも発表する。
世界市場は日銀の発表に、大いに沸きサプライズとして受け入れた。
サプライズと言う表現は、日本ではどちらかと言うと好意的な表現として受け入れられているが、本来は不意打ちや奇襲という意味でもある。
何故、日銀は世界に向け不意を衝く必要があったのだろうか?
サプライズの効果はタイミング
日銀の追加緩和の今後における効果はひとまず置いておき、サプライズ発表に至った経緯を考慮したい。
まずは、サプライズの効果が絶大であった事を否定する者はいないだろう。事実この発表の後に、ニューヨーク証券取引所ではダウ工業株30種平均が史上最高値を更新し、世界の主要株価は1.5%近く上昇を見せるなど、世界同時株高の様相となったからである。
このように世界中から好意的に受け入れられた要因は、今回の日銀の発表時期が重要な要素になったからだろう。
<日銀の発表の2日前>
日本で言う日銀にあたるアメリカの連邦準備制度理事会(FRB)は10月29日に、金融政策を決める連邦公開市場委員会(FOMC)を開き、2008年のリーマンショック以降行われた市場に大量のお金を供給する量的緩和政策を終了するとの発表をした。そして同国がリーマンショック以降に量的緩和と同時進行で行っていた政策が、政策金利をほぼゼロ%に引き下げる「ゼロ金利政策」である。つまりは、FRBの量的緩和終了宣言はゼロ金利政策の終了を意味するシグナルであった。
<世界に届いた吉報>
「日本がアメリカに変わり世界経済をけん引していく」
今回の一連の流れを見れば、日本が世界経済のリーダーシップを担うという意思表示の表れといった見方もできるのではないだろうか?。
「ええかっこしい」では終われない
一方で国内事情からみれば、日銀がこの時期に量的緩和を発表した真の狙いは、消費税増税への援護射撃である事は誰から見ても明らかである。裏を返せば、現在の我が国の経済状況では追加増税に、とても耐えられないという事でもあるだろう。
今回の日銀の一連のシナリオは財務省主導で描いたものと予想され、その財務省が今一番やりたいことが増税である。と言うよりも、常に増税をやりたいと思っている省庁が財務省であると思った方が良い。
<スタグフレーションへ向かう日本>
現在、賃金が上がっているのは、ごく一部の企業に限られている。消費税は4月に段階的に引き上げられたわけだが、多くの中小企業では増税前と増税後の賃金は変わっていない。しかし、物価は今までよりも3%多く税金が掛けられるわけであるから、結局は実際の賃金は3%下がった事になる。これでは消費が落ち込むのは当然の動きだ。
また量的緩和による円安で、輸入は増加したか?と言えば必ずしもそうではない。
これはアメリカ・EUでも同じことが言えるのだが、量的緩和で業績を上げているのは主に株式市場などの金融業である。全く製造業に効果がないとは言わないが、株価の上昇そのものが製造業の業績を表しているわけではない。
一方で現在の我が国の食料品は約半分を輸入に頼っている。当然、円安は輸入品の高騰を招くわけであり、一番生活に繋がる食料品の価格は高くなってしまうのだ。
つまりは事実上、物価は上昇しても実質賃金は下がっているわけであり、日本経済はデフレから緩やかな「スタグフレーション」へ向かっている事になるだろう。これは、想定される中でも最悪の現象である。
<量的緩和はアベノミクスの失敗を意味する>
そもそも、量的緩和とはアベノミクスの第一の矢と言われる政策であったはずだ。
その矢を再度放つということは、これまで行ったアベノミクスは失敗に終わった事を意味する。確かに消費税の増税は前政権で決められた法案であり、本来のアベノミクスからすれば足枷でしかなく、増税がなければ経済効果が得られた可能性は十分あっただろう。だが結果として安倍首相は増税を断行し、日本経済はデフレ脱却ではなくスタグフレーションへと向かってしまったわけである。
量的緩和は最終的に賃金に結び付かなくては意味がない。
だが、今回の量的緩和は賃金上昇へ結び付くだろうか?
先ほども述べた通り、このシナリオを描いた財務省は、増税を念頭において物語の筋道を立てているのである。
結局はアメリカのシナリオ通りに
量的緩和とは市場へ過剰にお金を投入する事であり、異常事態なわけで本来は避けて通らなければならない道である。リーマンショック以降、アメリカ・EU・日本では、この本来避けるべき量的緩和政策が行われ、未だアメリカ以外では現在進行形で続けられている。
アメリカが量的緩和政策を終了宣言したのは、自国の経済が回復する見通しが立ったという事である。その後は市場に出たお金を取り戻す為に、金利の引き上げ政策と続けたいわけだ。
だが物事は、そう簡単に進める事は出来ない。
<大国の責任>
アメリカ・EU・日本のように自前の通貨に信頼性のある経済大国が、量的緩和を行えば世界経済に影響を与える。大国が吐き出した信頼性のあるマネーは世界中を駆け巡り、世界経済を成長に向け動かすことになる。もし、その発展途上の世界経済からマネーを取り上げれば、地球規模で経済恐慌を引き起こす事になるだろう。
アメリカはここ数年、こうした世界経済の成長をけん引する役目を担っていたわけである。
しかし量的緩和やゼロ金利政策は、いつまでも続けられるものではない。これらを続ければ何時かはバブル経済となってしまい、終いには崩壊してしまうからである。必ずどこかのタイミングで終了させなくてはならないかった。
だが残念ながら、自国だけの経済を優先させた経済政策は、今となっては進められないのである。
と言うのも、現在のグローバル経済では、一つの国で需要と供給が完結できる仕組みには、なっていないからだ。他の国の経済の停滞は、何れ自国の経済に打撃を与えてしまう。例えば、一つの国の経済だけが良いという現象は、その国の通貨が高くなる事である。そうなれば輸出業は輸出先に物が売れず、輸入に至っては安価な品が入る事で自国の品が売れなくなり、結果的に自国の生産力の低下を招く事になる。
一旦世界中に流れたマネーは簡単に回収できず、かと言って世界経済が順調に成長するまで自国の経済が持つかは誰にも分からない。
それでもアメリカは、流れたマネーを回収するタイミングを密かに伺っていたのである。
<日本を伺っていたアメリカ>
一方で日本は、追加の量的緩和を今年中に絶対に行わなくてはならなかった。
これは今年中に増税断行を決定する必要があるからで、現在のスタグフレーションから日本経済が脱却する為には、再び量的緩和政策をするしか方法はないわけである。
アメリカはそこに目を付けた。
ドルを世界市場から取り戻すには、その身代わりが必要になる。ドルの身代わりになる通貨は、ユーロかポンドか円しかないわけで、日本はこの条件に当てはまり、タイミング的にも適任であった。
つまりアメリカFRBの量的緩和終了宣言は、初めから日銀が追加で量的緩和を発表する時期を見据えて出されたものである。
日銀はFRBの量的緩和終了宣言の後に、抜群のタイミングでサプライズ発表を行い、市場に歓迎され、世界経済をけん引するリーダーシップを発揮したが、結局はアメリカに押し付けられた体の良い身代わりになっただけである。
<チャンスを生かせるのか?>
世界経済をけん引する役目は、誰かがやらなくてはならないポストである。
結局、日本はアメリカにこの役目を押し付けられたわけであるが、これはチャンスでもありプラスになる面も多く存在するはずだ。現に今回の日本の決断で救われた国は、特にブラジルや現在関係が悪いとされる韓国など多数あるのも事実である。
しかし、このチャンスを生かす為には、当然ながら国内景気の回復が最重要である。
その為の次の一手を果たして打てるのか?
また、そもそも打つ手があるのか?
残念ながら、日本経済に次の一手は未だ見えて来ないのが現状であるだろう。
もしチャンスを生かせない場合は日本経済の破滅をも意味している。
崖っぷちに立ってしまった事実を、我々は知っておかなければならない。