今月18日、安倍首相が解散総選挙の記者会見時で増税延期について言及した際、「再延期は絶対に認めない」と発言した。
本来の増税は2015年10月に行われる予定だったが、今回、新たに18ヶ月延期され2017年4月に再設定され、これは現時点から2年半後となる。ここで再確認したいのは、増税か否かを決定するのは首相の役割であるという事だ。「認めない」と発言したのは、自らが決定権を持ち認めさせないという意味なのか?あるいは法令上認めさせないという意味なのか?どちらとも取れるが、当然首相の真意は前者の方だろう。
安倍首相の記者会見は結局は言葉足らずで終わってしまったが、「認めない」の一言は、少なくとも2017年4月まで政権を維持する決意表明であると受け取るべきである。
内閣改造と解散
安倍首相の最終目的は、デフレ脱却でも特定秘密保護法や集団的自衛権の法整備でもなく、あくまでも「憲法改正」である。
この悲願を達成する為には、長期に渡り政権を維持する事が必要不可欠であるだろう。
元首相であり安倍首相の大叔父にもあたる故佐藤栄作氏は、こう語っている。
「内閣改造をするほど総理の権力は下がり、解散をするほど上がる」
佐藤政権は7年8カ月に渡る長期政権を維持し、これは現在の日本で連続政権の最長記録となっている。衆議院解散権は事実上権限を持つ内閣総理大臣の「伝家の宝刀」とも言われており、これを上手く振れるかが政権維持を左右すると言って良い。
戦後の連続長期政権のベスト3の解散・改造の内容は以下のようになる。
小泉純一郎氏は首相に就任した当初、「大臣は一代の内閣で責任を持って職務を果たすもので、軽々に交替させるべきではない」と語り「一内閣一閣僚」を提唱し、内閣改造を拒んでいた。しかし結局は、上記の通り吉田政権よりも多い合計4回の改造をおこなっている。本来であれば、小泉氏が提唱したように、内閣は問題の無い限り改造するべきではないのだが、内閣総理大臣職はアメリカ大統領とは違い国会議員から指名されるわけであり、実際には多数議席を持つ与党から選出され、その与党の中にはポスト待機組と呼ばれる次期内閣候補が常に存在している。内閣を改造しなければポスト待機組からは当然不満が出るわけで、不満が募れば自身の党内からの支持率が下がり次期総裁選にも影響を与え、いずれ与党内に野党が生まれる要因にもなってしまう。小泉政権はこの党内の圧力に屈し、結局は改造に踏み切ったのである。
一方、国の中枢を担う内閣が頻繁に入れ替われば、政権自体が弱体化してしまう。それだけでなく、党首は党内の顔色ばかりを伺う弱いリーダーとなってしまい、党首としての威厳を保つことが危うくなる。
せっかく総理になっても、身内に気を使い顔色を伺っているようでは、単なる人事権を持つお飾り党首でしかなく、自身が描く政策も思うように進めることができない。そんな総理が唯一持つ最大の武器が伝家の宝刀と言われる衆議院の解散権である。政治家にとって一番の不安要素は選挙での敗北であり、解散とは国会議員の職を剥奪し、その不安を大いに煽る行為である。伝家の宝刀は諸刃の剣ではない故、よほどのことがない限り総理経験者が選挙で負けることはまずない。したがって、総理はこの伝家の宝刀を、ある時は脅しの材料に、ある時は実際に振りかざす事によって、身内の統制を図るのである。長期政権を維持してきた総理は、この解散権を上手く使い分けて来たのだ。
ついでに、解散は自身の党が過半数以上の議席を獲得する事を前提に行わなくてはならないものである。前回の野田元首相が行使した解散は、「バカ正直解散」と揶揄されるように、全く民主党が勝てる見込みのない時期に行われ、実際に惨敗を期してしまった。これでは、せっかくの伝家の宝刀も単なるナマクラ刀に成り下がってしまうのである。
不安要素と2つの爆弾処理
11月20日付の東京新聞の朝刊3面には、「解散総選挙 夏から練る」の見出しで記事が掲載されていた。記事の内容は、8月の内閣改造前に9月解散説が噂され、内閣改造の後9月の臨時国会で即解散という流れに、民主の枝野代表は警戒を強めていたというものであった。実際にこの解散は流れたが、安倍首相はこの時期から頭のどこかで年内解散を想定していたと思われる。この想定が現実路線になったのは、9月の内閣改造以降に立て続けに政権を不安に陥れる事態が起こったからであろう。
以下が9月以降に起こった政権にとって不利な出来事である。
決定的になったのは、やはり他でも言われている通り小渕裕子元経産相と松島みどり元法相のダブル辞任だと思われる。そして、もう一つ忘れてはならない大きな要因は、今月開かれた沖縄知事選挙での自民党推薦候補者の大敗だ。首相は大敗を期した11月16日の直後18日に解散を公式発表しており、沖縄知事選の結果内容は解散総選挙の報道によりメディアから薄れてしまった。このように9月以降、安倍政権にとっては非常に不利な状況が重なり、実際に支持率も下がってしまったのである。
この不利な状況の中で、さらに追い打ちをかけるような2つの爆弾の処理も抱えていた。
それが「消費税の増税の決定」と「特定秘密保護法の施行」である。
<安倍首相のしたたかさ>
いくら前政権(野田政権)での法案とはいえ、1度の政権で2度の増税を行えば支持率は大幅に下がってしまうだろう。株価は多少上向きをみせているものの、円安による物価上昇に対し賃金が追い付いていないのが現状である。加えて7~9月期のGDPが減少と発表されれば、増税決定が困難になるのは当然であっただろう。
先月の終わりに日銀がサプライズで追加緩和を行ったのは、財務省が増税を念頭に置いて描いたシナリオであった。要は増税を行う条件での追加緩和という事である。しかし追加緩和の決定直後には、増税延期・解散総選挙の案が一気に浮上し実際にその通りになった。
つまりは、安倍首相は財務省と日銀をうまく丸め込んだと言えるだろう。
一方、もう一つの爆弾処理である特定秘密保護法は、今なおメディアを中心に世間では反対派が多数を占めている状況にあり、施行すれば当然ながら内閣支持率は下落してしまう。
既に昨年の12月13日に法は公布され、施行は公布後1年以内とされていたが、時期は先延ばしされ施行時期は未定であった。恐らくは、支持率を見ながら施行時期を模索していたものと思われるが、解散総選挙が決定した現在、考えられる施工時期は、元々の施行リミットが公布から1年以内の12月13日であり、総選挙は翌日の14日である事から、総選挙前のどさくさに紛れて施行すると予想される。
いくらしたたかに爆弾の処理をしても犠牲は避けられないが、野党が大きく弱体化している現在ならば、その被害は最小限に留められる。
しかし、それでも犠牲が伴う事は避けられず、自民党は議席を多く失う事になるだろう。
<効果的に刀を振る安倍首相と弱小議員>
実はこの状況は効果的な面もあるのだ。
前の項で述べた通り、議員にとって一番の不安は選挙で敗北する事であり、総理は解散権を上手く使い、議員の不安を煽る事で権力を維持しているのである。もし、内閣支持率も高く議員たちが自身が選挙で絶対に勝つと前もって分かっていれば、この唯一の武器はあまり効果が無くなってしまうわけで、各選挙区の議員が勝つか負けるか予断を許さない状況で、尚且つ自身の政党が過半数議席を獲得できる時期に使うのが最も効果的であるのだ。
安倍首相は今回の総選挙で、議席を大きく減らすことを公言している。
自民党の当選回数が若い新人議員等にとって解散総選挙は厳しい戦いであり、解散を決断した総理に恨みさえ感じる事だろう。
しかし、内閣総理大臣(党首)を選ぶ権利があるのは国会議員だけであり、選挙で負けた者にその権利はない。
与党にせよ野党にせよ、今いる主要議員たちは過去に幾度もその戦いを勝ち抜いてきたわけであり、簡単に負けるような弱い議員は、この先も政治家としては務まらないはずである。