この話は先月あたりまでは国内でもあまり熱心に報道がされていなかったのだが、投票まで残り時間が僅かとなった今月に入り状況は一変した。元々この独立云々の話は、スコットランド内で反対派が5割で賛成派が3割も満たない程度しかいなく、この地域ではイギリスに不満を持つというのは伝統的な考えであり、大抵の人間は実際に独立は無いと踏んでいたのである。
しかし9月に入ってからの世論調査で独立派が反対派を上回る結果が出て以来、ほぼ半々に意見が拮抗しており、ここに来て急激に独立が現実味を帯びた話になってきたのだ。現時点でイギリス政府は焦りを隠せない状況となっている。
このスコットランド独立住民投票は、2011年のスコットランド議会選挙でスコットランド独立を公約に掲げるスコットランド国民党が議会の過半数を占める勝利をおさめたことにより、公約に則って開催される。もし独立賛成が過半数を占めれば、スコットランドは2016年3月24日から独立国となる予定だ。
民族のアイデンティティは関係ない
スコットランドとイングランド(以下イギリスと表記)は、1707年に連合法により一つの連合王国となった。これによりスコットランド議会はイギリス議会に統合される事になる。しかし、この連合はイギリス側によって経済的・武力的に強いられたものであり、事実上イギリスの支配下に置かれたも同じであった為、これがスコットランド側に後々まで遺恨を残す事になっていったわけである。
<経済で結ばれ経済で終わる関係>
キャメロン英首相は今月15日にスコットランド入りし「独立は痛みを伴う離婚のようなものだ」と住民に訴えかけた。このセリフは的を得ているだろう。
イギリスは金の力にモノを言わせてスコットランドを強引に嫁がせたわけであり、スコットランド側としては、嫌々ながらも財力のある男と結婚したわけである。妻はそれでも夫の為に、産業革命時や世界大戦時などには散々尽くしてきたが、夫は愛(利益)をくれる事はなく、最近ではお荷物とまで言われる始末だった。ある日、嫁の実家で財宝(北海油田)が発見されたが、夫は、結婚した以上は嫁の物は自分の物としこれを取り上げた。元々この夫婦は初めから別居状態であったが、夫は家に帰ることなく良い生活をし、一方で妻は貧しい生活を強いられていたわけで、遂に我慢の限界が訪れ離婚届が出されたのである。
夫の誤算は、「世の中には痛みを伴う離婚を選んでも幸せを願う人間がいる」それに気付かたかった点にあるだろう。
スコットランドの独立運動は、中国のウイグル族やパレスチナ自治政府やイスラム過激派の主張のような「民族としての尊厳」を掲げたものではなく、住民達は現実問題として独立を冷静に考えているようである。それは独立賛成派の主張によく表れている。
この独立運動の根底にあるのは、あまりにも中央に富や権力が集中した結果から生じた格差であり、民族アイデンティティやナショナリズムというのは、それを補う程度のプロパガンダでしかないだろう。
スコットランド自身も予想外だった独立
今回の独立住民投票とは極めて民主的に開催される行為であり、暴力で血を流すことなく穏便に行われるもので、人類の歴史上でも価値のある出来事だと言える。
だがそれと話は別にして、私は個人的に『スコットランド国民党』という政府与党が、独立した主権国家を統治できる程の器量を持っているとは到底思えないのである。
なぜなら現時点で独立後のビジョンが、まるで見えて来ないからだ。
元々この独立運動は、さかのぼる事1960年代に『北海油田』が見つかるところから始まった。自分達の領土に近いこの油田の開発により、イギリスだけに一方的な利益をもたらす状況が、一方で、スコットランドのナショナリズム刺激することになる。こうして、300年近くイギリスに統合されていたスコットランド議会の再建を望む声が高まり、1997年に同地区出身のトニー・ブレア首相の下でこれが認められ、遂に1999年に念願の議会が設立されるわけである。しかしこれは、議会を設置すれば「独立!!」と騒がなくなるだろうという安易な牽制であり、この浅い行動が問題をここまで深刻化・あるいは進展させてしまったわけだ。
議会が設置されて10年余りたった選挙で、独立の急進派である『スコットランド国民党』が議席の過半数を占め、その一年後の2012年に、デーヴィッド・キャメロン英首相とスコットランド行政府首相アレックス・サモンドが、エディンバラで会談し合意書に署名したことから、独立住民投票の実施が決まった。
当然この時点で、スコットランドが独立するなど絶対にありえないとイギリスは考えていたに違いない。
しかしながら、実はスコットランド側もそれは同様だったのではないだろうか?
<スコットランド議会=学級会の延長>
元々スコットランド議会は独立をチラつかせる事でイギリス政府から、助成金を得たり・議会の権限拡大を狙っていた程度に過ぎなかったと思われる。
私は、『スコットランド国民党』なんていう政党は、小学校の学級会レベルの存在が何かの間違いでたまたま政権を取った程度であり、国家を運営する覚悟など初めから更々ないと思うわけだが、その理由は次に表れている。
- EUとの話し合いがなされていない為、独立後のEU加盟が不確定である。
- 独立後の自国通貨が決まっていない。
- 独立後は国際的に独立国として承認を得る必要があるが、そのような国際的外交が行われていない。
- そもそもイギリス政府と独立に向けた調整が全くできていない。
まずスコットランド独立の大前提は、
という『北海油田』頼みの極論であり、もし独立が叶ったら国旗に油田のマークを入れる位はしないと北海油田にも失礼だろう。
実際この油田の埋蔵量は、イギリスはもう枯渇に向かっていると報じているが、当事者の埋蔵量計算ほど当てにならないものはなく、大抵少なく見積もっているので実際はあと50年分程度は有ると思われる。しかし、油田やガス田に頼り社会保障を充実させるという政策は、まさに今のロシアと同じであり、それが成功したモデルか否かは現状が物語っているはずだ(ロシアとは国土も人口も全く違うが)。
その他「法人税を安くして企業を誘致したい」だとか「イギリスの中央銀行の債務を負担すれば、向こうは妥協してポンドを使わせざるを得ないだろう」のような、『かも知れない』という希望的観測に基づいた主張なのである。そもそも先月までは「イギリスとは通過協定を結びポンドをそのまま使用する」と、根拠もなく主張していたのだから呆れてしまう。
こんな無計画・無責任・無鉄砲な政府に、果たして国家が運営できるだろうか・・・。
大きな疑問を感じずにはいられない。
<予想外の住民運動>
しかしスコットランドの住民達は、心の底から現状を嘆き夢にまで見た独立に向けて「草の根活動」を地道に行い賛成派を多く取り込んだ。
これはイギリス政府もスコットランド行政府も大誤算だったのではないだろうか?なぜなら、イギリス政府は独立を阻止する対策を何も行わず、スコットランド政府は独立する為の準備を何も行っていなかったからだ。
私は万が一独立が達成された場合、現在の政権では必ず失敗すると確信している。
だが独立が失敗に終われば、スコットランドは議会の権限が拡大され、政府も民衆もやがて成熟し、真の独立へ向け確実に進歩ができるはずである。言わばこの住民投票は失敗こそが成功なのだ。
だが、現時点ではどうなるか全く予想がつかない状況にある。
今、一番独立を本当に恐れているのは、スコットランド政府自身なのかもしれない。